講座観天望気講座中部山岳

猪熊隆之の観天望気180回 寒冷前線が接近するときの雲partⅠ~西穂高・丸山~

低気圧が接近してくるときに、天候が崩れていくときの天気変化は主に2つのパターンがあります。ひとつは温暖前線が接近してくるとき、あるいは低気圧が南海上を通過するときの崩れ方。この場合、天気は徐々に崩れていきますので、雲の変化を見ていくと、あとどの位で天気が崩れていくのかが予想できます。また、天気の崩れ方も緩やかなので、気象遭難が起こりやすい天気にはなりません。このときの雲の変化は、何度か過去に掲載していますので下記、URLをご参照ください。

●jRO「雲から天気を学ぼう第7回https://www.sangakujro.com/%e9%9b%b2%e3%81%8b%e3%82%89%e5%b1%b1%e3%81%ae%e5%a4%a9%e6%b0%97%e3%82%92%e5%ad%a6%e3%81%bc%e3%81%86%ef%bc%88%e7%ac%ac%ef%bc%97%e5%9b%9e%ef%bc%89/

●猪熊隆之の観天望気143回

https://blog.goo.ne.jp/yamatenwcn/e/40a843cfcac7868d5e28a30404c830fc

 もうひとつは、寒冷前線が接近するときです。こちらは天候が急激に悪化し、前線通過時には落雷や強雨、強雪など激しい気象現象をもたらします。また、前線通過後は、日本海側の山岳で大荒れの天気になることもあり、気象遭難が起こりやすい天候変化になります。先日、西穂高・丸山でおこなった空見ハイキングでは、このパターンの天気変化となり、午前中は良いお天気だったものの、昼頃から天候が急変し、午後は猛吹雪になりました。このようなときに、気象遭難が多発します。天候の急変を予想する方法は、

  • 登山前に天気図を確認する
  • 登山中に天候悪化の兆候を雲や風の変化から察知する

以上の2点になります。今回は、西穂・丸山の空見ハイキングを例にして、この2点を実際におこなっていきます。このツアーは、アルパインツアーサービスさんで企画・実施していただきました。当初は、ロープウェイで西穂高口から歩き出し、西穂山荘経由で丸山に登頂して西穂山荘に宿泊。翌日、丸山を往復した後、西穂高口に下山という予定でした。しかしながら、数日前に、登山中の天候が悪化することが予想され、2日目の6日はロープウェイが運休になる可能性があったので、ロープウェイを使わずに上高地を経由して釜トンネル入り口まで徒歩で下山する可能性があるということを旅行会社からご参加者にお知らせしました。その結果、15名満席だったご参加者が7名になりました。

Ⅰ.登山前に天気図を確認する

 予想天気図は、気象庁や民間の気象会社のHP、ヤマテンの山の天気予報サイトなどで見ることができます。それぞれメリット、デメリットがありますので、使いやすいものを選ぶと良いでしょう。まずは、気象庁などのHPなどで見られる天気図から確認しましょう。

 こちらの最大のメリットは見やすいことです。数値予報と言われるコンピュータで計算した結果の気圧配置を、気象庁の担当の方が高気圧や低気圧、前線などを書き加えて見やすく作り直したものです。最大のデメリットは24時間ごとの予想図しか見られないことと、最長でも2日後の予想図しか見られないことですね。さらには、気象庁で書かれる前線は、構造がしっかりした前線のみ(つまり、強い前線のみ)です。構造があまりはっきりしていない、あまり強くない前線は天気図に書かれませんが、山では弱い前線でも天気が崩れることが多くなります。

 これらの特徴を踏まえたうえで、気象庁の天気図を見ていきます。寒冷前線が接近するとき、天気図上に前線が書かれる場合と書かれない場合があります。書かれている場合は、その前線が通過する時間帯を予想することが大切です。

図1 3月4日(金)の夕方に確認した5日9時の予想天気図(気象庁提供)

図1をご覧いただくと、日本海北部に低気圧があり、そこから延びる寒冷前線が北陸沖から山陰地方へと延びています。図2では、この寒冷前線が関東地方の沖合まで進んでいます。図1は午前9時の予想、図2は21時の予想ですから、寒冷前線が西穂高岳付近に達するのは、図1のすぐ後であることが想定できます。しかしながら、この天気図では、具体的にいつ通過するのかが分かりません。

図2 3月4日(金)の午前中に確認した9日21時の予想天気図(気象庁提供)

そこで3時間ごとの予想図が見られるヤマテンの専門・高層天気図で確認していきます。ここでは2つの天気図から確認していきましょう。

図3 3月4日9時を基準とした5日12時の地上気圧+降水予想図

地上気圧+降水予想図で寒冷前線の位置を特定する方法は、長細い降水域を見つけることです(図3,図4の赤い破線枠内)。これを見ると12時には北海道の渡島半島付近から佐渡島~北陸沿岸にかけて降水域があり、この辺りに寒冷前線が予想されています。

図4 3月4日9時を基準とした5日15時の地上気圧+降水予想図

3時間後の15時の予想図(図4)では、この降水域が東に移動し、東北の日本海側から北アルプス付近にかかっているのが分かります。これは前3時間(つまり、12~15時)の降水予想図ですから、寒冷前線は12時~15時に通過することが考えられます。しかしながら、線状の降水域は寒冷前線でないときにも出現するので、中・上級者の方は、1,500m上空の相当温位+風予想図を見る方が確実です。

図5 850hPa面(上空1,500m付近)の相当温位+風予想図(5日12時)

相当温位予想図についての説明は下記URLをご参照ください。

●jRO「雲から天気を学ぼう第26回

https://www.sangakujro.com/%E9%9B%B2%E3%81%8B%E3%82%89%E5%B1%B1%E3%81%AE%E5%A4%A9%E6%B0%97%E3%82%92%E5%AD%A6%E3%81%BC%E3%81%86%EF%BC%88%E7%AC%AC26%E5%9B%9E%EF%BC%89/

●猪熊隆之の観天望気講座106回

https://blog.goo.ne.jp/yamatenwcn/e/c584eb15e1f2ad97e8e4dfb4e4fca545

ここでは、寒冷前線の位置を特定する方法をお伝えします。

・線が集中している所の端(相当温位が高い方の端)

・風向が変化している所を結んだ線(南西と西、あるいは南西と北西など)

これらの特徴が見られる場所が図5、6の赤い破線で囲んだ所です。

図6 850hPa面(上空1,500m付近)の相当温位+風予想図(5日15時)

寒冷前線の位置は12時では佐渡島付近から北陸沿岸~京阪神辺りですが、15時になりますと、奥羽山脈~上信越~長野県北部付近に達しています。つまり、12~15時の間に西穂高岳付近を前線が通過していることが分かります。ちょっと難しいですかね。この方法だと気象庁の天気図に書かれていない前線を探すことができます。

これらの情報から5日の午後は寒冷前線の接近に伴い、天候が急激に悪化することが考えられます。さらに前線通過後は、図2のように冬型の気圧配置となり、等圧線が本州に4本以上かかっていますので、北アルプスなど日本海側の山岳では大荒れの天気になることも予想されます。こうしたことを考えて、12時までには森林限界内に下山するような行動計画を立てたいところですね。

PartⅡでは寒冷前線の接近に伴う、雲の変化と登山中の判断方法について見ていきます。天候悪化のサインを早く見極めること、そして引き返すポイントを決めることが重要になります。お楽しみに!

文、写真:猪熊隆之(株式会社ヤマテン)

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