講座観天望気講座北海道

猪熊隆之の観天望気179回 厳冬の利尻で見られた雲 ~低気圧の眼~

12月中旬から1月初めに利尻島に滞在していました。意外なことに(?)、利尻島に行くのは初めてでした。それも2週間という長期間、島に滞在できる機会が来るとは!

厳冬期の利尻島といえば、どういうイメージを思い浮かべるでしょうか?暗灰色の雲、荒れた海、白一色の世界・・・。私はそんな印象を持っていました。天気に関しても冬型の気圧配置が続いて、毎日厚い雲に覆われて吹雪になったり、少し晴れ間が出たりといった、故郷の新潟のような天気を想像していましたが、30~40年前の冬の新潟の天気そのものでした。雪は新潟よりサラサラでしたが。

ただし、冬型の気圧配置といっても同じような天気がずっと続くのではなく、日によって変化があり、風がある日とない日、大雪が降る日と降らない日、晴れ間が出る日と出ない日、など一日として同じ天気はありません。雲も変化が激しく、雲が語ってくれる空の気持ちを理解するのに、頭をフル回転し続けてました(笑)。

その中で特に興味深かったのが、“低気圧の眼”に覆われたときの天気です。台風の眼は聞いたことあるけど、“低気圧の眼”なんて聞いたことないぞ、と思われることでしょう。低気圧も種類によっては、眼が出来ることがあります。

Ⅰ.台風の眼

台風や低気圧の周辺には発達した雲があるのが普通ですが、その中で中心付近だけポッカリと雲のないエリアができることがあります。この晴天域のことを台風や低気圧の眼と呼びます。さて、台風の眼は強い勢力を持つものにしかできません。台風が勢力を増していくと遠心力が強くなり、中心付近に吹きこめなくなった風が中心の外側で上昇させられて眼の壁(アイウォール)と呼ばれる発達した積乱雲群が形成されます。そこが台風周辺でもっとも激しい暴風雨になる所ですが、その内側(中心付近)は、上昇流を補うための下降流場になっています(図1)。空気は下降すると温められるので、雲は蒸発して消えていき、晴天域になるのです。

図1 台風の眼ができる仕組み(「山岳気象大全」山と溪谷社より)

Ⅱ.低気圧の眼

低気圧の眼ができる仕組みは次の3つのパターンに分かれます。

1.発達した低気圧で台風と同じ理由で眼ができる場合

2.発達した低気圧、あるいは閉塞期(最盛期に達した後)の低気圧で乾燥域が中心付近に入り込むもの

3.上空に寒気を伴う小さな低気圧で、中心付近が下降流域になり、眼ができる場合

今回、利尻で見られた低気圧の眼は3に該当します。眼が現れたのは3回で、眼が大きかったとき(2021年12月21日)と小さかったとき(2021年12月22日)に分かれます。それぞれどのような天気になったのかを見ていきましょう。

眼が大きかったとき

14日間のうち、利尻山が見えたのはわずか3回。そのうちもっとも長い2時間程度、利尻山が見えたのは眼が大きかったときです。

写真1 奇跡的に青空が広がり、利尻山が姿を現す

このとき見た利尻山は、荘厳なまでに気高く、近づきがたい美しさで屹立していました。撮影場所は、夏は観光地として賑わうオタトマリ沼。この時期は、道が除雪されておらず、訪れるものといったらカラスと私たちだけ(笑)。

なぜ、眼が大きいと晴天の時間が長くなるのでしょうか。その理由を雨雲レーダーから見てみましょう。

図2 低気圧の眼周辺の降水強度

このときの雪雲の様子をLFM(局地モデル)の降水強度で見てみましょう。色が水色→青→黄緑→黄色となるにつれて雪が強く降っていることを示しています。低気圧の中心付近が眼で雪が降っていないエリアが広がっています。それを取り囲むように雪雲が連なっていて、この下では雪となっています。眼が大きい程、雪が降らないエリアが広くなるので晴天が長続きするのです。

写真2 眼の周囲の雲

東の方向を見ると雲がやる気を出していました。いわゆる積乱雲(せきらんうん、別名雷雲)が晴天域を囲むように連なっています。これが先ほど述べた、低気圧の眼の外側にある降水域です。低気圧の周りは中心に向かうような風が吹いています。これは低気圧の中心と外側との気圧差によって生まれる風ですが、このタイプの低気圧は中心付近で気圧差がなくなる(図3)ので、中心に入る手前で風はそれ以上吹きこめなくなり、上昇していきます。その上昇気流が写真2の白い矢印の部分です。この上昇気流によって雲が発生し、このときのように上空に寒気が入るとやる気を出して積乱雲に成長していくのです。一方、それより内側ではこの上昇気流を補うように空気は下降していきます。下降気流により、雲は蒸発して消えていきます。そのため、低気圧の眼では雲がない晴天域になるのです。しかしながら、低気圧は動いていきますので、やがては眼の範囲から外れていくため、好天は長くは続きません。

図3 眼が大きいタイプの低気圧

眼が大きいタイプの低気圧は、低気圧を囲む等圧線の間隔が広く、低気圧の中心付近で気圧差が小さくなります。

眼が小さかったとき

一方、眼が小さいときの低気圧は、中心を取り囲む等圧線の間隔が狭くなります(図4)。気圧差が小さい範囲が狭くなるので、低気圧の中心に近い所まで風が吹き込みます。そのため、下降気流となる範囲が狭くなって晴天域が小さくなるのです。

図4 眼が小さいタイプの低気圧

このときは、朝のうちの30分程だけ姿を現してくれました(写真3)。

写真3 一瞬、姿を現した利尻山

この後、ものの30分ほどで猛吹雪になりました(写真4)。

写真4 吹雪になった利尻

Ⅲ.利尻島は低気圧が生まれる場所

そもそも低気圧の眼が利尻付近で頻繁に出現するのはどうしてでしょうか?それは、利尻島が眼のできやすい低気圧が生まれる場所だからです。利尻付近には冬季、シベリアからの冷たい季節風が吹きつけます。一方、日本海に沿って暖流が流れているため、この冷たい季節風は下の方で温められて周囲に比べて気圧が低くなります。さらに、利尻島や礼文島と北海道の間を吹き抜ける風や、礼文-利尻を西側から回りこむ風などが複雑にぶつかり合って渦を形成することが多く、ここで低気圧が生まれやすいのです(図5)。

図5 利尻で低気圧が生まれやすい理由

文、写真:猪熊隆之(株式会社ヤマテン)

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