空の百名山連載

第16回 阪神の天候変化ひとつかみ 六甲山

山に登ることは空に近づくこと。

六甲山(ろっこうさん)は、神戸市から宝塚市の背後にそびえる1,000mに満たない山ですが、阪神の市街地から近く、駅からも歩いていける手軽な山として関西の登山者やハイカーに長く愛されている山です。大阪湾を見渡す立地のため、阪神地域の天気の動向をイメージするのに最適な場所です。

また、南面と北面でも天気が違うことがあるため、山における天気変化を学ぶのにも適しています。「六甲おろし」という、六甲山から吹き下ろす冷たい北風は、冬型の気圧配置や低気圧、台風が東側や南東側を通過した時に吹きますが、このようなとき、表六甲(おもてろっこう)は暴風が吹き荒れ、都市部の気象にも大きな影響を与えています。

私はこれまでに3回、六甲山で雲や風の変化から天気を学ぶ講習会をおこないましたが、その中でもっとも印象に残ったのは、最初のときでした。

当日は、朝まで激しい雨が降っていましたが、集合時には青空が広がって誰もが絶好の登山日和になると思ったことでしょう。しかし、予想天気図を見ると、日中は前線が通過して次第に冬型の気圧配置になることが予想されていたから、私は「色々な雲が見られるぞ。」とひそかに期待していました。予想通り、日中はコロコロと天気が変わって面白い雲が見られました。「山の天気は、海側から風が吹くと天気が崩れる」という原則があります。そのような時、天気予報が外れることが多く、平地では晴れていても山では雲に覆われたり、雨や雪が降ったりします。

六甲山は、海(大阪湾)から非常に近いため、海上からの水蒸気が直接山にぶつかって上昇気流が発生します。また、この日は朝まで雨が降っていたので、空気は水蒸気をたっぷりと含んでいました。日中、日射によって地面が暖められて上昇気流が強まっていくと、水蒸気を含んだ空気が冷やされて、南側の斜面で雲が発生していきました。その中で、ひときわ目立ったのが積雲(せきうん、別名わた雲)と呼ばれる塊状の雲(写真1)です。

写真1 六甲山の南側で発生した積雲

存在感のある雲でしたので、「どうしてあの場所で雲ができたのだろう?」と好奇心が湧きます。地図を調べてみると、雲が発生した場所は、六甲最高峰(931m)から南側に張り出した尾根上になります。当日は、北西風が吹いていましたが、神戸市など南側では、六甲山を回り込んで西寄りの風が吹き、宝塚市など東側では、同じく山を回り込むように北寄りの風が吹いて、芦屋市の辺りでは北東から東風になります。雲が発生した尾根は、この西風と東風がぶつかり合って上昇気流が強められたことにより発生した雲ということが分かりました(図1)。

図1

そのようなことを解説しながら登っていくと、最高峰手前の車道に出ました。ここは、六甲山の尾根上にあたり、それまでの暖かさが一転、冷たい風が北側から吹きつけてきます。それまでは全く風を感じず、暑いぐらいだったのでその気温差に驚かされました。アルプスや北日本の脊梁(せきりょう)山脈などでは、樹林帯から吹きさらしの尾根上へ抜けるときにこのような体験をすることがありますが、標高の低い六甲山で体験できたのには正直、驚きました。

その冷たい北風が六甲山地にぶつかって上昇し、最高峰から北側では暗い雲に覆われています。一方で、これまで歩いてきた南側では風が山を吹き降ろして雲が蒸発していきます。眼下に広がる大阪市~神戸市のビル群には陽が当たっています。六甲山の北側と南側で、天気と気温が大きく変わることを頭ではわかっていましたが、体で感じることができた貴重な体験となりました。低山であっても、このような変化を実感できる六甲山は、空を見る楽しさを教えてくれる名山です。

南北の天気 違い実感  空見おすすめルート

■東おたふく山登山口~東おたふく山~六甲最高峰~有馬温泉

六甲山でもっとも人気が高いのは、ロックガーデンから雨ヶ峠を経て六甲山最高峰に至るルートですが、空を見るのにおすすめなのは、好展望の東おたふく山を経由して、最高峰に至るコースです。

東おたふく山に登ると、眼下に神戸市から西宮市、さらに大阪方面に広がるビル群を見渡すことができます。その先に大阪湾があり、改めて六甲が海に近いことを教えてくれます。夏の日中、海風は東おたふく山の斜面を駆けのぼっていきます。すると、積雲が発生します。積雲は時間とともに、形を変えていくので、動物の形になったり、アニメのキャラクターに見えたりします。その変化を楽しみながら登っていきましょう。

東おたふく山からは、蛇谷北山を経由するルートと、雨ヶ峠へいったん下りてから本庄橋跡を経由して最高峰へ向かうルートであります。後者の方が、きれいな小川が流れる場所があるなど変化に富んでいます。登り切った所が車道です。ここでは、北側の空が開けていますので海と反対側にある、中国山地側の雲の状況を確認しましょう。北風が強く吹いているときは、ここで一気に気温が下がり、雲も広がっていきます。

最高峰からは360度の展望を満喫できますので、空や雲を心ゆくまで観察することができます。最高峰からは有間温泉へ下ります。この道は新緑や紅葉に染まる木々が美しく、癒されます。また、下山場所が名湯の有馬温泉というのもおすすめのポイントです。

教えてイノ坊主! 

■空気には重さがある  気圧の高低とは押される力加減

天気予報で良く、「高気圧」とか「低気圧」など「気圧」という言葉を聞きますね。でも「気圧」って何なのか今一つ分からないという方もいらっしゃるでしょう。

気圧とは空気(正確には大気)の圧力のことですが、空気は目に見えないのでイメージしにくいと思います。

実は、空気には重さがあり、大人の手のひらの大きさに約100kgの力がかかっています。空気の上には空気がありますので、その重さが下の空気にかかってきます。その地点の空気が受けている、空気の重さのことを気圧と言います。言葉では分かりづらいと思いますので、イラストを参考にしてください。

図2のように地上付近の空気は、その上にある全ての空気の重さが加わるので窮屈な思いをしてします。その重さが気圧になります。一方、高い所の空気は、その上の空気が少なくなる分、地上より空気の受ける重さが減ります。つまり、気圧は小さくなります。気圧は小さい大きいと言わず、高い・低いと言います。周囲より気圧が高い所が高気圧、低い所が低気圧です。

空気の重さをイメージしにくい方は、気圧とは空気が周囲の空気によって押される力だと思ってください。空気が押される力が強いことを気圧が高い、空気が押される力が弱いことを気圧が低い、と言います。つまり、周りから強く押されてギュウギュウに詰まった空気が気圧の高い空気、周りからあまり押されていなくて、ラクチン状態の空気が気圧の低い空気、ということになります。

ポテトチップスの袋をロープウェイや車などで高い所に持っていくと、プクッと膨らみます。これは地上よりも高い所の方が気圧が低くなる(つまり、周りから押す力が弱くなる)からです。地上に降りるとぺちゃんこになるのは、周囲から押す空気の力が強くなるからということになります。空気には実は、重さがあるということを覚えておきましょう。

図2