観天望気講座講座

猪熊隆之の観天望気186回 北アルプス南部で見られる雲海のパターン

山で見られる景色の中で出会いたいもののひとつが雲海ですよね。さて、槍ヶ岳や穂高岳、燕岳など北アルプス南部で見られる雲海にはいくつかのパターンがあります。ここでは、2022年9月4日(日)から5日(月)にかけて見られたものをご紹介します。

写真1 松本盆地を覆う雲海と富士山(槍ヶ岳山荘から)

そもそも雲海はどうやってできるのでしょうか?雲は水蒸気が冷やされて、水滴や氷の粒になることでできます。雲海は、前日に雨が降って地面に浸み込んだ水分が蒸発したり、川や湖、水田などから供給されて溜まった水蒸気が夜間の冷え込みで冷やされて水滴=雲(霧)になることで発生します。そのようなとき、雲の高さより高い場所にいると、雲海を見ることができます。雲海のメカニズムについて、詳しくは下記バックナンバーでご確認ください。

雲から山の天気を学ぼう第42回「雲海」

https://sangakujro.com/%e9%9b%b2%e3%81%8b%e3%82%89%e5%b1%b1%e3%81%ae%e5%a4%a9%e6%b0%97%e3%82%92%e5%ad%a6%e3%81%bc%e3%81%86-42/

それでは、雲海のパターンをひとつずつご紹介していきます。

1.ノーマルパターン(飛騨側で雲海ができるとき) 槍・穂高連峰で見られる雲海は、飛騨側(西側)で良く見られます(写真2)。一方、上高地側では出るときと出ないときとがあります。出ないときがもっとも多いので、ノーマルパターンです。写真3を見ていただきますと、手前の蝶ヶ岳から大滝山へ延びる尾根の手前側、つまり上高地平では雲がありません。その奥の安曇野や松本盆地では雲海が出ています。ノーマルパターンの場合、燕岳や常念岳など常念山脈では、安曇野側に雲海が見られ、上高地側や高瀬渓谷側には見られません。

写真2 ノーマルパターンの雲海(飛騨側)
写真3 ノーマルパターンの雲海(上高地側)

どうして、そのような違いが出るのでしょうか。雲海の元になる水蒸気は、海の上や平地で多くなります。北アルプスは南部に山脈が何本か走っており、一番高い所が槍・穂高連峰でここが分水嶺にもなっています。分水嶺の西側(飛騨側)では、日本海から蒲田川に沿って水蒸気が流れ込んできます。一方、東側(上高地側)では、松本盆地や安曇野から入る水蒸気が梓川に沿って途中までは入るのですが、川が複雑に折れ曲がるため、上高地方面にはあまり入ってきません。高瀬渓谷も同様です。そこで、雲海は、飛騨側や安曇野・松本側でできるのに対し、上高地側や高瀬渓谷側ではできないことがあるのです(図1)。

図1 北アルプス南部周辺の水蒸気の流れ

2.飛騨側、信州側ともに水蒸気が多いパターン

一方、上高地側でも雲海ができることがあります。このパターンがもっとも迫力がある雲海が見られます。9月4日がまさにこのパターンでした。

写真4 槍ヶ岳山荘からの眼下に広がる槍沢の雲海と、常念山脈越しに見られる安曇野の雲海
図2 9月4日午前6時の天気図(気象庁提供)

上の天気図を見ると、槍ヶ岳付近は等圧線の間隔が広がっていて、地上付近の風は弱いことが分かります。「前線が近くにあるのになぜ晴れたのか。」ということは置いておいて(ちょっと難しい説明になるので)、雲海ができるための風が弱いという条件にあてはまります。また、台風から湿った空気が流れ込んだおかげで、この日は上高地側でも雲海が発生しました。

3.飛騨側で雲海が発生せず、信州側で発生するパターン

いつもとは反対に、飛騨側で雲海が発生せず、信州側で発生することがあります。この場合、上高地平では発生せず、安曇野・松本盆地で発生するパターンと、上高地側でも発生するパターンがあります。今回(9月5日)は、後者のパターンでした。

写真5 飛騨側では全く雲が発生していない
写真6 信州側では雲海が出ている

9月4日と5日では何が違ったのでしょうか?そこで、天気図を見てみることにします。

図3 9月5日午前6時の天気図(気象庁提供)

前日との違いは、等圧線の間隔が狭くなっていることです。これは風が前日より強くなっていることを表しています。間隔は、そこまで狭くないので強風ということはありませんが、西に台風、東に高気圧という東高西低型の気圧配置になっているので、地上付近では南~南東風が吹く形です。そのため、信州側では松本方面からの水蒸気が南から入り込みやすい形なのに対し、飛騨側では蒲田川に沿って北西~西側から水蒸気が入ってくるので、南~南東風だと水蒸気は押し戻されてしまいます。風向によっても雲海ができる場所は違ってきます。

文、写真:猪熊隆之(株式会社ヤマテン)

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