観天望気講座講座

猪熊隆之の観天望気190回 山の両側で空気が異なる!? ~鈴鹿・竜ヶ岳~

ヤマテンでは、登山者向けに、全国各地で「山頂で観天望気」を実施しています。山頂で雲や風の変化から天気を予想したり、雲や風の気持ちが分かるような、“空気”を読める登山者を育成する企画です。12月には第7回目の講座を鈴鹿山脈の竜ヶ岳(1,099m)でおこないました。今回は、そのときに見られた雲についての解説です。

図1 当日の地上天気図(気象庁提供)

まずは、この日の天気図を見てみましょう(図1)。カムチャッカ半島付近に発達した低気圧があり、朝鮮半島付近と東シナ海に高気圧があります。このように、東の方に低気圧、西に高気圧という気圧配置を冬型の気圧配置と呼びます。ただし、等圧線の間隔は開いており、前日までの強風は落ち着いていく傾向です。等圧線が広がっているときは、風向きや風の強さが分かりにくいので、850hPa面(上空約1,500m付近)の気温・風予想図で確認してみましょう。

図2 1220日午前9時 850hPa面の気温・風予想図

図2のような天気図は、山の天気予報(i.yamatenki.co.jp/)の専門天気図という所で見ることができます。気温・風という項目の850hPaをクリックしてみましょう。

さて、この図から風の向きを調べるには、目的の山の近くにある矢羽を見ていきます。矢羽を見る方法は図3をご参照ください。棒から羽根が出ていますが、その向きで風向きを調べます。この図から確認しますと、鈴鹿山脈付近では北西の風が吹いていることが分かります。

図3 風速と風向の見方

ここでは午前9時の図しか掲載しませんが、1日の流れを850hPa気温・風予想で見ていくと、朝のうちは西北西風だったのが、日中は次第に北西風に変わり、午後は北北西風に近い風向きになっていきました。

いずれの風も日本海からの風には違いがありませんが、西北西風の場合には、湿った空気が中国山地や比良山地に阻まれて鈴鹿山脈にはあまり届きません(図4)。若狭湾からの湿った空気や、日本海からの雪雲は岐阜県揖斐地方の山に向かっていくからです。

写真1 竜ヶ岳遠足尾根上部から揖斐地方の雪雲を見る

鈴鹿山脈(白いカコミ部分)の付近には少し雲が出ていますが、これは、元々やや湿った空気がある所に(若狭湾方面から回り込んできた水蒸気)、琵琶湖の水蒸気が供給されて湿った空気となり、それが鈴鹿山脈の斜面で上昇してできている雲になります。

図4 20日午前9時前の衛星画像(可視画像) 提供:ひまわり8号リアルタイムweb

一方、北西風の場合は、鈴鹿山脈と若狭湾の間に高い山がなく、若狭湾からの湿った空気が福井・滋賀県境の低い山を越えて鈴鹿山脈に入ってきます。このため、鈴鹿山脈周辺で雲が多くなっているほか、四日市方面、名古屋方面に広がっています。ちょっとした風向の変化で天気が変わるのが面白いですね。

図5 20日15時前の衛星画像(可視画像) 提供:ひまわり8号リアルタイムweb

さて、この日は鈴鹿山脈を挟んで滋賀県側と三重県側で、見られる雲が異なりました。滋賀県側と鈴鹿山脈の真上には層積雲(そうせきうん、別名うね雲)が見られました(写真2)。

写真2 滋賀県側と鈴鹿山脈上空に広がる層積雲

層積雲は、海上や地上付近と上空1,5002,000m付近の気温差が大きいときに見られます。特に、冬季は海水温が空気に比べて温かいので、海上の暖かい空気の上空1,500m2,000m付近に冷たい空気が入ったときに良く見られます。この日も滋賀県側には冷たい空気が入ってきていました。その辺りを先ほどの図2で確認しましょう。850hPaは上空1,500m付近の高度になりますので、この高さの気温を見ると、層積雲ができやすい環境かどうかが分かります。

図6 図2に冷たい空気の流れ込みを追記した図

図6は、図2に冷たい空気が入っている部分を青い網かけで示したものです。これをご覧いただくと、鈴鹿山脈の北西側からは、上空1,500m付近でマイナス6℃以下の冷たい空気が入っていることが分かります。暖かい空気は軽くなり、冷たい空気は重くなる性質がありますので、海上や地上付近の暖かい空気は上昇し、上空の冷たい空気は下降しようとします。そのとき、お互いが同時に動きだすと衝突してしまいます(図7)ので、譲り合います。

図7 暖かい空気と冷たい空気が衝突する場合

暖かい空気が上昇するところでは冷たい空気は下降するのを我慢し、冷たい空気が下降するところでは暖かい空気が上昇するのを我慢するのです。その結果、暖かい空気が上昇するところと冷たい空気が下降するところが交互になります(図8)。

図8 暖かい空気と冷たい空気が譲り合って上昇気流と下降気流が交互に発生する様子

暖かい空気が上昇するところで雲ができ、冷たい空気が下降するところで雲がなくなります。また、風によって雲は風下側に延びていきます。そのため、畑の畝のような雲になるのです(写真3)。

写真3 典型的な層積雲

このように、層積雲は地上と上空1,500m付近という、地上付近の狭い範囲で温度差が大きくなったときに見られることが多くなります。それに対して、上空高い所の狭い範囲で温度差が大きくなったときに見られるのが、うろこ雲(巻積雲)やひつじ雲(高積雲)であり、地上付近と上空5,000m以上という広い範囲で温度差が大きくなったときにできるのが入道雲(雄大積雲)や雷雲(積乱雲)です。

写真4 三重県側で発生したわた雲(積雲)

一方、三重県側では、わた雲が発生しました。この雲は層積雲のように平べったくなく、雲の塊が独立している小さな雲です。わた雲は、地上付近の空気が日射などにより温められて上昇することによってできます。層積雲のように広い範囲で上昇、下降流が交互に発生するのではなく、局所的に温められた部分が上昇するので小さな雲になり、層積雲のように並んで見られるのではなく、独立しているのです。この写真では、太陽の光が降り注ぐ山の南東側で温められた空気が上昇してできています。この日は北西風が吹いているので、三重県側では滋賀県側からの湿った空気が入りにくく、雲の元になる水蒸気が少なかったのですが、伊勢湾が近いので水蒸気が比較的入りやすいことと、鈴鹿山脈の中でも標高の低い場所を越えてきた水蒸気が入りこんだ場所で雲ができています。

このように、山の上からは、山を挟んだ両側の空気の違いや、雲がなぜそこでできているのか、水蒸気がどこを通っていくのかなど、目に見えない空気の状態を、雲や風の流れなどから知ることができます。

 

文、写真:猪熊隆之(株式会社ヤマテン)

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