先日、日本百名山の荒島岳(標高1,523m 福井県)に行く機会がありました。この日は朝から層積雲(そうせきうん)と呼ばれる雲が山頂にかかっていました。この雲は、雲底(うんてい)の高度が1,500m付近、雲頂(うんちょう)の高度が2,000m付近にある雲で、畑の畝(うね)のように見えることからうね雲とも言われます。
層積雲は、上空2,000m付近に冷たい空気が入り、暖かい海上との温度差が大きくなるときに、暖かい海上でできることが多く、冬の時期には、暖流が流れる日本海や東シナ海の上空に冷たい空気が入るときにできます。層積雲のできる仕組みは下記ページに詳しく書かれているので、興味がある方はお読みください。
この日は、北風が吹く気圧配置でした(図1)。
図1 この日の地上天気図(午前9時)
高気圧の周辺は時計回りに風が吹きます。私は講習会で風は等圧線に沿って吹くと説明しますが、実際にはやや気圧が低い方に向かって線を斜めに横切ります。そのため、この日は高気圧の東側にあたる北陸地方では北風が吹くことになります。天気図から読み取るのが難しいという方は、上空1,500m付近(850hPa面)の風の予想図を見ましょう(図2)。
図2 850hPa面の気温、風予想図
図3 風の見方
風の向きは矢羽根(やばね)と呼ばれる羽根の向きで調べられます。図2を見ると、北陸地方では北風が吹く予想になっています。また、気温を見ますと、上空1,500m付近にはマイナス6℃以下という冷たい空気が入っていることが分かります。つまり、暖かい日本海との温度差が大きくなり、層積雲ができやすい状況です。荒島岳のずっと北には日本海があり、日本海で発生した層積雲が北風に乗って石川県から福井県に入ってきますが、経ヶ岳など県境の山で湿った空気が食い止められることと(図4)、山を越えるときに下降気流となって雲が蒸発していくため、登山口では晴れていました。一方、北側の経ヶ岳方面には層積雲が出ています(写真1)。
写真1 朝のうち経ヶ岳方面に広がる層積雲
さて、出発時に注意すべきポイントやルート上のリスクについて一通りお話しした後、荒島岳の北側にあるカドハラスキー場跡から登山を開始しました。
図4 荒島岳周辺の地形(国土地理院の地形図を著者が編集したもの)
高度を上げていくと、周辺の地形が見渡せるようになります。すると、荒島岳付近より西側では層積雲が広がっていますが(写真2)、東側では良く晴れています(写真3)。これはどうしたことでしょうか。
写真2 荒島岳より西側で層積雲が広がる
写真3 荒島岳より東側では青空が広がる
図4を見ていただくと、荒島岳の北側には荒島岳より標高の高い経ヶ岳(きょうがたけ)があり、その東側にはもっと高い白山(はくさん)の山並みが控えています。このため、北側から入ってきた層積雲や湿った空気はこれらの山を越えることができません。経ヶ岳より西側は高くても標高1,300m前後の山です。層積雲は標高1,500m付近から2,000m付近にできますので、雲はこれらの山を越えて南側に侵入してきます。経ヶ岳のほぼ真南に荒島岳は位置するので、荒島岳を境にして東側では晴れていて、西側で層積雲が広がっているのはそういう理由です。
写真3で白く見えている奥の山は白山ですが、その手前に一筋の雲が見えます。これも層積雲で、白山と経ヶ岳の間にある低い場所を通り抜けてきた雲ですが、雲の上端が綺麗に揃っていますね。ここに安定した空気の層があります。層積雲ができるときは、上空2,000m付近には冷たい空気が入ってきますが、その上には暖かい空気の層があり、非常に安定した状態です。なぜなら、空気は暖かいほど軽くなるので、上にたまりやすく、冷たくなるほど重くなるので下に沈もうとします。暖房を効かせた部屋で上の方に暖かい空気が溜まり、足元がなかなか温まらないのは、こうした空気の性質によります。そのため、下が冷たく、上が暖かいという状態は空気にとっては居心地がよく、とても安定している状態なのです。この暖かい空気と冷たい空気との境目に敷居のようなものができて、雲はそれを越えられず、横に広がっていきます。そのため、高さが一定の雲になるのです。日本海から供給される水蒸気もこの敷居の下に閉じ込められるので、敷居の上は乾いた空気になり、白山など高い山では雲がかかっていません。
午後になると、荒島岳の西側でも雲が取れてきました。これは上空の寒気が弱まってきたからです。実際、図5の上空1,500m付近の気温予想図を見ると、マイナス6℃の線が北上して朝の時点(図2)よりも気温が上がってきています。日本海との温度差が小さくなり、層積雲が発生しにくい状況に変わっていきました。
図5 この日の15時における850hPa面の気温予想図
このように地図や天気図を見ることが、雲ができている場所とできていない場所の違いや、雲が消えていくのかそれとも雲が成長していくのかを知る手がかりになります。皆さんも今度、山に行くときに試してみましょう!
文責:猪熊隆之