空の百名山連載中部山岳

第6回 薬師岳前編 ~お花畑の楽園、太郎平の夕陽~

山に登ることは空に近づくこと。

3座目は北アルプスの薬師岳(やくしだけ)。立山連峰の南部にあって長大な稜線を持ち、なだらかな山容の女性的な山です。黒部側には美しいカールが点在し、お花畑が草原を彩ります。折立から太郎平を経て薬師岳へ向かう登山ルートは空が広く、特に日本海方面が開けているため、空を見るのにこれ以上ないルートと言えるでしょう。また、登山道は尾根上につけられていて、風を読むのにも都合が良い山と言えます。

2013年8月、薬師岳に向けて折立を出発しました。このときは、 層積雲(そうせきうん)に覆われてどんよりとした曇り空。層積雲は雲と雲に隙間があり、そこが畑の畝(うね)のように見えることから、うね雲とも呼ばれます。この雲は、地面付近に冷くて湿った空気が入ったときにでき、低い所にあるのが普通です。したがって、この雲に覆われると、山麓ではどんよりとした曇り空になり、弱い雨が降ることもありますが、標高の高い場所では晴れています。このときも、2,000mを越えると青空が広がりました。

写真1 うね雲の中から雲の上に出た瞬間。

三角点(1,870m)のあるベンチに着くと辺りが開け、吹く風が心地良かったことを覚えています。荒天時、ここから先は風が強くなるので、低体温症のリスクが高くなります。特に2,000mを越えると、風から身を守る場所がなくなりますので、風雨(雪)が強いときは引き返しましょう。晴れていれば、山小屋のある太郎平小屋まで気持ちの良い草原が広がります。足元には花が咲き、山並みの向こうに富山平野と日本海を見渡すことができます。

太郎平の夏はお花畑が咲き乱れる別天地です。北側には薬師岳が鎮座し、眼下には黒部峡谷が深い谷を刻んでいます。その奥には裏銀座から雲ノ平周辺の山並みが広がります。 大学生だった1993年にも登りましたが、その時はガスに覆われ、あまりの違いに 「こんなにいい場所だったっけ。」とビックリ。 6年前は、空見ハイキングということで、太郎平小屋に2泊するというゆったりプランでした。空を見るには余裕のある行程が一番です。夕食後は暮れなずむ澄んだ空と雲海を眺めていると、時間がゆったりと流れていく・・・。こんな山旅もいいもんです。

写真2 太郎平は花咲く別天地

1日の終わり、夏の夕方は雲海が広がることが多くなります。日中は地面が熱せられて上空との気温差が大きくなっていき、谷風(たにかぜ)という上昇気流が強まります。すると、 “雲がやる気”を出して※入道雲ができます。一方、夕方になると谷風がおさまるため、“雲がやる気”を失っていき、雲の高さが次第に低くなって雲海になるのです。そしてその雲海の奥に沈んでいく夕陽。真っ赤な夕焼け空は今日、頑張って歩いたご褒美でしょうか。

(後編に続く)

※雲が上方へ成長し、入道雲に発達していくことを筆者は「雲がやる気を出す」と表現しています。

朝日新聞長野版、富山版、福井版2019年6月28日掲載

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文、写真:猪熊隆之