空の百名山連載関東・山梨

第9回 富士山 ~孤高にそびえ、神秘の雲生む~

山に登ることは空に近づくこと

5座目は富士山(3776メートル)です。「頭を雲の上に出し~」と歌うまでもなく、日本人なら誰でも知っている山ですね。今回は、ダイナミックで神秘的な雲を生み出す富士山の空の魅力について紹介します。

富士山に行ったらぜひとも見てみたい雲、そして他の山より見られる確率が高い雲が笠雲(かさぐも)と吊るし雲(つるしぐも)です。これらの雲が富士山で見られることが多いのは、富士山が単独峰であることと、駿河湾から近く、海から湿った空気が入りやすいことによります。


富士山にかかる笠雲(撮影:小野博宣)

笠雲は、湿った空気が富士山の斜面を上昇し、冷やされることでできる雲です。停滞しているように見えますが、実際には風上側で新たな雲が発生し、山頂を越えると下降して蒸発する、ということを繰り返しています。

このように雲が新陳代謝を繰り返すためには、風が強いことと、常に湿った空気が供給されることが必要です。そのため、低気圧が接近してくるときにできることが多く、昔から「富士山が笠をかぶれば近いうちに雨」と言われてきました。

実際には、笠をかぶっても山麓(さんろく)の天気は崩れないこともあります。しかしながら、山頂では強風が吹き荒れ、荒れた天気になっていますので、笠雲がかかっているときは、山頂への登山は中止した方が良いでしょう。


富士山から見た吊るし雲(撮影:松場隼人)

もうひとつ、富士山で良く見られる特徴的な雲が吊るし雲です。こちらも笠雲と同じように、風が強くて湿った空気が入ってくるときに発生します。つまり、発生する原理は笠雲と同じですが、発生する場所が異なります。笠雲は山頂にできるのに対し、吊るし雲は山の風下側にできます。どちらの雲も山岳波(さんがくは)という空気の波によって発生しますが、波が上昇するところで雲ができ、下降するところでは雲が消えます。

山岳波が山を越えるときにできるのが笠雲で、山を越えた後も風下側に伝わることで生まれるのが吊るし雲です。


山岳波による雲(山岳気象大全より)

これらの雲ができるときは、山麓の温泉でゆったりしながら、笠雲が二重、三重の笠になったり、UFOのような不思議な形に変化したりする吊るし雲などを眺めて、登るだけでない山の楽しみを味わってみてください。

文:猪熊隆之