空の百名山連載北陸・信越中部山岳

第8回 車山・霧ヶ峰 ~雲の気持ちで見渡すアルプス~

山に登ることは空に近づくこと。

鮮やかな緑色の草原。そして吸い込まれそうな青い空。ぽっかりと浮かぶ白い雲。私の好きな車山(1925メートル)の風景です。日本アルプスのような厳しさや、山から受ける圧迫感がなく、空が本当に広い。ここにいると、普段何気なく眺めている雲が、実に生き生きと変化していくことに驚かされます。

リフトを使って上がることのできる車山は、長野県の高原地帯として知られる霧ヶ峰の最高地点で、もっとも手軽に登れる「日本百名山」の一つです。私が慢性骨髄炎で登山ができなかった頃、ここから見る景色にどれほど癒されたか分かりません。

ニッコウキスゲ咲く霧ヶ峰高原と南アルプスの山並み

車山や霧ヶ峰は、空や雲を眺めるのに最適な環境にあります。それは、日本アルプスのど真ん中にあり、周囲を見渡せば、八ヶ岳、北アルプス、中央アルプス、御嶽山、南アルプス、富士山という3千メートル級の山岳が連なっているからです。山々の間には盆地や谷があり、盆地では夏の午後、気温が上昇するため熱源となり、その暑い空気が山に運ばれると上昇気流を生んで積乱雲の発達につながっていきます。

また、谷は水蒸気を運ぶ通路となります。天竜川や千曲川に沿って運ばれた水蒸気が造り出す雲の様子が手に取るように分かります。車山は中央分水嶺上にあり、ここで降った雨は北側に流れると日本海へ、南側に流れると諏訪湖を経て太平洋に流れていきます。

霧ヶ峰の山腹を駆けあがる雲を見ていると、私はそれが日本海の水分から生まれた雲なのか、それとも太平洋の水分から生まれた雲なのか、それとも太平洋の水分から生まれた雲なのかを想像してしまいます。

登山ルートは、草原上にあるため、常に周囲の展望を楽しみながら歩けるのもこの山域の魅力です。足元には季節の花が咲き、見上げると入道雲が成長しています。その入道雲が発生しているところと発生していない所があり、周囲の地形を良く観察すれば、どうして雲が発生しているのかという答えが見えてきます。

霧ヶ峰ブルーの青い空に浮かぶ白い雲と緑の草原

この山は、せかせかと歩かずに、この雲はどこから来たのか、どうして生まれたのか、雲の気持ちになって考えながら歩くのが私のおすすめです。アルプスの山々に囲まれた霧ヶ峰だからこそ、こんな贅沢な時間の使い方をしたいものですね。

文、写真:猪熊隆之