前回に引き続き、谷川岳で見られた雲についての解説です。
173回 https://blog.goo.ne.jp/yamatenwcn/e/ae8e4a64126a02c67e21770c6ba8e570 で学んだように、観天望気の基本は西側の空を見ることでした。上空を吹いている偏西風(へんせいふう)の影響で、日本付近は西から天気が崩れ、西から回復することが多くなるからです。もっとも基本的な変化は、西側から薄雲が広がり、全天を覆うようになるときです。写真1のように、薄雲が南側に広がって西側にない場合は天気に無関係なことが多くなります。ただし、173回の事例のように前線や台風などが南から北上してくる場合は別です。そこで、天気図を見てみましょう。
登山前(12月15日)に確認した、登山当日(12月16日)の天気図を見ると、近畿地方から東日本にかけては広く、高気圧に覆われています。このため、谷川岳でも朝から晴れました。一方、東シナ海には低気圧があり、そこから九州に前線が延びています。この動きが気になりますが、南側には前線や低気圧がありません。念のために、この日の午後の予想天気図を見てみましょう。気象庁の予想天気図は24時間ごとなので、1日の細かい変化が分かりません。ヤマテンの専門・高層天気図(i.yamatenki.co.jp/)を確認します。
これを見ると、東シナ海の低気圧は動きが遅く、ほとんど東へ進んでいないことが分かります。また、低気圧から北東に延びる降水域があります。これは北陸沿岸から東北の日本海側に指向しており、谷川岳から見て北側にあります。南側には前線や低気圧がありませんので、南の空に薄雲が広がっていても天気に無関係だということが分かります。それでは、この薄雲が広がった原因を探ってみましょう。
ここで注目したいのが、赤色で示された渦度予想図です。渦度は回転の指標で、赤い色が濃いほど正の渦度が強いことを示しています。正の渦度とは、低気圧(反時計回り)性の回転のことで、これが強いと、上空6km付近で上昇気流が強まる傾向があります。このときに、地上付近で上昇気流が発生し、それが上空6km付近まで続くときは雲がやる気を出し、大雨(雪)や落雷をもたらす積乱雲が発達する恐れがあります。また、低気圧や前線に伴って現れるときもあります。それら以外の場合は、上空高い所でのみ上昇気流が起きるので、上層雲や中層雲が広がるだけで天気が崩れることはありません。今回の薄雲の原因も上層でこの正渦度が強いエリアが接近したためです。さて、午後になると、薄雲に変わってひつじ雲が広がり始めました。
この雲は、お味噌汁のまだら模様と同じで対流により発生する雲(103回参照 https://blog.goo.ne.jp/yamatenwcn/e/bde8b7d9880a9c60757451375a388ef3)で、中層から上層に前線帯があったり、水蒸気が多い空気が入ったりするときにできますが、この雲が全天に広がっていくようなときは、その後の天気に注意が必要です。そこで雲の観察を続けていくと・・・。
西の空からおぼろ雲(高層雲)が広がっていきました。このように、ひつじ雲からおぼろ雲に変わると、天気が崩れていくことが多くなります。幸い、このときは天気が崩れる前に下山することができました。
一方、北側の空には真っ暗な雲が帯状に延びています。これは、図2で北陸沿岸から新潟県下越地方に予想されていた降水域に伴う雨雲です。上級者の方は、この降水域の原因を探ってみたいですよね?ということで、相当温位予想図も確認しましょう。
この図は、上空1,500m付近の相当温位と風の予想図を示したもので、相当温位は色で表されています。相当温位の説明については、106回 https://blog.goo.ne.jp/yamatenwcn/e/c584eb15e1f2ad97e8e4dfb4e4fca545 をご参照ください。色が明るい所が温かく湿った空気を表しており、周囲より相当温位が高い空気が入る場所(図4の赤い矢印部分)で雨雲が発達しやすくなります。また、相当温位の線が集中している所には前線があり、天気図には書かれていない前線の存在を知ることができます。今回は、日本海に延びる前線に向かって南西から温かく湿った空気が入り、それに伴う雲が谷川連峰の北側に見えていたということになります。
日本海側の山では、日本海から天候が変化することが多いため、日本海側の空を見ることが大切だと事あるごとに伝えてきましたが、北の方角は日本海の方向です。この真っ暗な雲が近づいてきたら、天候が急変します。今回は、日本海の前線が南下する予想ではなく、実際に雲の動きを見ても近づいてくる感じはなかったので、谷川連峰の天候には影響しませんでした。
谷川連峰は日本海、太平洋双方の湿った空気の影響を受けるので、空見(そらみ)にはとても良い山ですね!今回もそれを実感させられる山行でした。
文、写真:猪熊隆之(株式会社ヤマテン)
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