山に登ることは空に近づくこと。
八ヶ岳連峰(八ヶ岳)は、南北30キロにわたって連なる火山群です。夏沢峠を境にして北側を北八ヶ岳、南側を南八ヶ岳と呼びます。北八ヶ岳は針葉樹の原生林と多種多様な苔類に覆われ、森に囲まれた湖が点在する北欧的な風景が広がります。一方、南八ヶ岳はゴツゴツとした男性的な姿をしており、いくつもの岩壁を有する険しい山容になっています。私は自宅(茅野市)から眺める横岳西壁が夕日に染まる姿を毎日、楽しみにしています。
■空見に適する訳
八ヶ岳は霧ヶ峰(空の百名山に選出)や入笠山、守屋山などと同様、中部山岳のど真ん中に位置しています。周囲には佐久、諏訪、伊那の平(たいら)と甲府盆地があり、天竜川や富士川、千曲川(信濃川)などいくつもの大河やその支流の源にもなっています。これらの平や盆地が水蒸気を運ぶルートとなり、それらの間の山脈が水蒸気を遮断します。つまり。地形が天気に与える影響を山の上から眺め渡すことができるのです。
また、周囲には日本アルプスや富士山など高い山々が連なり、それらの山によって雲が変化する様子を遠望することができます。特に、奥秩父の長く続く尾根を、手前から奥に向かって眺めることができるのは八ヶ岳くらいです。奥秩父の西部では、長野県と山梨県の県境に山脈が連なっていますが、長野県側では晴れているのに、山梨県側では雲に覆われているなど、山を挟んだ両側で天気が違っていることがあり、どうしてそのような状況になっているのかを考えるのは楽しいものです。
八ヶ岳の地理的な特徴から気流が生まれやすく、多くの種類の雲を確認することができます。ときには珍しい雲が出現することも。私は八ヶ岳と相性が良く、面白い雲がよく現れてくれます。その一部を紹介しましょう。
■見られる珍しい雲
八ヶ岳連峰は北西から南東方向に連なる山脈ですが、阿弥陀岳(あみだだけ、2805m)は赤岳(2899m)から西側に延びており、主脈とは違った方向に尾根が延びています。また、赤岳との間には中岳という小さなピークがあって、赤岳と中岳、中岳と阿弥陀岳の間には大きなくぼみがあります。ここが雲の通り道となり、湿った南風が吹くと滝雲(信州では逆さ霧と呼ばれることもある)と呼ばれる滝のように流れ落ちる雲が見られることがあります。
飛行機雲も八ヶ岳でよく見られる雲です。国内線の航路にあたるためか、飛行機雲がX型やY型になるなど、複数の雲が空を縦横無尽に駆けめぐり青空をキャンバスにして落書きをしているかのようです。
汚染物質が少なく、紺色が届きやすい
太陽の光は空気中にある微粒子にぶつかると、色が分散されて散らばっていき、色々な方向に飛んでいきます。
紫色はもっとも強くちりばめられるため、太陽の光が地面に届く前に全てちりばめられてしまい、私たちの目には届きません。次に紺色(濃い青色)がちりばめられます。ヒマラヤなどの高い山ではこの色の光が届きますが、低い場所では届きません。その次にちりばめられるのが青色で、平地にいる私たちにはこの色が届きます。空が青く見えるのはこうした理由によります。
なお、空気中に排出ガスなどの汚染物質が多いと、汚染物質は空気中の微粒子よりずっと大きく、太陽光の波長に関係なくちりばめられるので、太陽光そのものの白色が私たちの目に届きます。そのため、空は白っぽく濁った色になります。高い山に登ると空が平地で見るより濃い青色になるのは、汚染物質が少ないことと、標高が高く濃い青色び光が届くためです。
絶景を堪能 おすすめ2コース
■美濃戸口~地蔵尾根~赤岳~阿弥陀岳~御小屋尾根~美濃戸口
八ヶ岳の最高峰・赤岳と、岩塔のようにそびえ立つ山容がひときわ存在感を放つ阿弥陀岳をつなぐ縦走コース。ロングコースなので初心者にはおすすめできませんが、私の一番のお気に入りのコースです。
コース前半は、針葉樹の原生林が広がる道を緑のシャワーを浴びながら歩き、美しいコケのじゅうたんや小川の流れが心を癒してくれるでしょう。沢沿いに道がつけられているので、大雨の際は通行ができなくなる可能性があります。大雨が予想されるとき、空が真っ暗になり、頭上で入道雲が発達しているときなどは無理をしないことが大切です。
業者小屋を過ぎると急登になり、はしごや鎖場が現れます。疲れてきたら、立ち止まって深呼吸。後ろを振り返ってみると、絶景が広がり、ここまでの苦労を忘れさせてくれます。稜線に出ると富士山が出迎えてくれることでしょう。山上に立つ展望荘や赤岳頂上荘に宿泊すれば、朝焼けや夕焼けを思う存分堪能することができ、天気が良ければ、諏訪の花火や、眼下の街の夜景などの絶景を楽しめるかもしれません。
このコースでのイチオシルートは、阿弥陀岳からの下山ルートである御小屋尾根。前半は細かい岩稜をたどる険しい道ですが、目の前に中央アルプスや御嶽山、眼下に広がる緑豊かな田園地帯を見ることができるだけでなく、天気が悪化する兆しが現れる西の空を正面に見ながら下っていくので、天候変化を常にチェックできるルートです。何よりも正面に空を見ながら下るのは気持ちがいいですね。
■女ノ神茶屋~蓼科山往復
蓼科山は八ヶ岳のもっとも北西に位置します。八ヶ岳の中でも北アルプスに一番近く、南北100キロ以上に及ぶ北アルプスの眺めは壮観です。
遠州灘から中央アルプスに挟まれた伊那谷に沿って湿った空気が入り込んできますが、その様子を正面から見ることができます。また、独立峰であることから富士山で見られるような吊るし雲が見られることもあります。これは他の八ヶ岳の山には見られない特徴です。
手軽に空見を楽しめるのもこの山の魅力。山麓(さんろく)の登山口から余裕を持って日帰りで往復することができます。ちなみに、蓼科山では七合目登山口から登るのが標高差も少なく、もっとも一般的ですが、樹林帯の中で空を見渡せる場所が少ないため、空見をするには、女ノ神茶屋ルートからの往復がおすすめです。