空の百名山連載中部山岳

第21回 入道雲や雷雲 躍動的に変化 木曽駒ヶ岳

山に登ることは空に近づくこと。

日本アルプスの中でもっとも手軽に3,000m近い稜線に立つことができるのが中央アルプスでしょう。何せロープウェイであっという間に標高2,612mの千畳敷まで運んでくれるのだから。そこには日本でもっとも高い所にあるホテルがあり、真冬であっても外の荒れ狂う吹雪を見ながら、暖房の効いた室内で温かいコーヒーを味わうことができるのです。その千畳敷から約2時間の歩きで到達できるのが、中央アルプスの最高峰にして盟主でもある木曽駒ヶ岳(2,956m)。

私はこの山で何回も観天望気や山の天気を学ぶツアー、講習会を実施してきました。ある年の冬、ロープウェイを運行している中央アルプス観光で、冬の雲や雪の結晶を観察したり、童心に帰って雪と戯れたりする講座を行いました。早朝、ホテルから望む宝剣岳は、陽が昇る前の凍てついた白き荘厳な姿で、その美しさに目を奪われました。その姿は、日の出とともに刻々と色を変えていき、バラ色に染まっていきます。圧巻のモルゲンロート(ピンクに染まる朝焼けの光景)でした。

写真1 冬の千畳敷からの眺め

年末に、地元のテレビ番組で、ホテル千畳敷からの生中継をさせていただいたことがありますが、1日目は、「逆さ影富士」と呼ばれる、上空を覆っている雲がスクリーンとなって影富士を投影する非常に珍しい現象が見られました。「朝焼けは雨」の言葉通り、日中は天気が崩れて吹雪となっていきましたが、この光景は今もまぶたに焼きついています。

写真2 逆さ影富士

2日目は、晴天に恵まれ、眼下に広がる雲海と滝雲、そしてダイヤモンド富士が見られました。滝雲は安定した空気の層が山頂付近にできるなど、条件がそろわないと見られない、珍しい現象です。また、富士山上空で強風が吹いていたため、山頂から巻き上げられた雪煙が太陽に反射して何とも神々しい景色でした。

写真3 ダイヤモンド富士と滝雲

手軽に高所に行けるからこそ怖いのが天候の急変です。千畳敷は、標高2,612メートル。森林限界を越える高所です。歩き始めた途端に高山の厳しい気象条件に晒されます。お天気が良いときはいいですが、乗越浄土まで登ると、立っていることが困難な暴風雨に遭遇することもあります。実際、同じ中央アルプスの檜尾岳付近の稜線で2013年7月、韓国人パーティ4人が低体温症で亡くなるという痛ましい事故が起きていますし、冬には毎年のように、突風による転滑落や低体温症の事故が発生しています。

千畳敷はカールと呼ばれる氷河に削られたすり鉢状の地形になっており、高所の割には、台風接近時などを除き、風はそれほど強まりません。その千畳敷で風が強い場合は、稜線では暴風が吹き荒れている可能性が高く、登山は諦めて千畳敷周辺の散策にとどめた方が良いでしょう。

また、ロープウェイを使えば山頂や、稜線の山小屋まで短時間で行けることから、午後から行動を開始する登山者が結構います。大気が不安定なときは、昼前から積乱雲(雷雲)が発生することがあります。落雷や急な天候の急変を避けるためにも、できるだけ午前中に目的地に到着できるような計画にしましょう。

中央アルプスは雷雲が発達しやすい山です。それだけにダイナミックに変化する入道雲や雷雲を観察することができます。早めに目的地に到着して、山小屋の近くなどすぐに避難できる場所から、午後はのんびりと雲観察をするのがおすすめです。雷雲が発生する場所や、発達する理由について思いを寄せると、雲との距離感が縮まり、親しみを覚えるようになるでしょう。